25年の生涯を駆け抜けた奇才!白と黒の芸術家【ビアズリー展】へ行ってきました♪

ことり
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類稀なる才能に恵まれながらも、25歳の若さで逝った芸術家の回顧展【ビアズリー展】へ行ってきました♪

【ビアズリー展】では、何が観られる?

🔷初期から晩年までの挿絵や希少な直筆の素描など、

きわめて洗練された作品 約220点

🔷彩色されたポスターや同時代の装飾

🔷制作の裏側

ロンドンの自邸における制作環境の再現(一部)

ビアズリーは、独自に絵画を学び、家庭を助けるため16歳から事務員として働くかたわら、

ろうそくの光をたよりに、夜間に制作活動した苦労人😞

ビアズリー展

● 会期/2025年2月15日(土) ー 2025年5月11日(日)

● 時間/10:00-18:00

祝日を除く金曜日と会期最終週平日、第2水曜日、4月5日は20時まで

※入館は閉館の30分前まで

●休館日/月曜日

● 場所/三菱一号館美術館

● 一般 当日 2,300円、前売 2,100円

 大学生 当日 1,300円、前売 1,000円

 高校生 当日 1,000円、前売 設定なし

<オンライン販売>

前売一般 2,100円 前売大学生 1,000円 他

詳細は、公式サイト

アクセス

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会場の「三菱一号館美術館」は、東京駅からのアクセスが大変良い場所です!

電車

● JR「東京」駅(丸の内南口)徒歩5分

● 東京メトロ千代田線「二重橋前〈丸の内〉」駅(1番出口)徒歩3分

● 都営三田線「日比谷」駅(B7出口)徒歩3分

バス

● 最寄の停留所は「東京国際フォーラム前」

● 高速道路出口は「都心環状線丸の内出口」

【ビアズリー展】に行く前に知っておきたい!

オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley)ってどんな画家?

オーブリー・ビアズリー(1872-1898)

● 1872年、イギリスの保養地、ブライトン生まれ。幼い頃から虚弱だった。

●1878年、 6歳のときに全寮制学校のハミルトン・ロッジに入学し、ここで初めて絵を描き始めるが、翌年 結核の兆候が現れる。

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病気のために学校をやめ、一家で移住しながらも絵を続けます。

その後、初等中学校を卒業し、仕事に就きますが、喀血のため休職と苦難が続きます。😭

病弱な少年の転機

●1891年、画家エドワード・バーン=ジョーンズ に作品を見せたところ、勤めを辞して画家になることを勧められる。

画家になり、「時の人」となる!

●1893年、『ペル・メル・バジェット』誌でデビュー、

同年6月、パリから帰国後、オスカー・ワイルド作『サロメ』の挿絵を描く契約を結ぶ

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大胆な白と黒の色面からなる独創性と、インパクトのある画は、注目の的となり大ブレイク!

1894年、ロンドンで創刊されたイギリスの挿絵入り文芸誌「イエローブック」の表紙も手がける

The Yellow Book April 1894
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同誌の美術担当編集主任となり、経済的に余裕ができたビアズリーでしたが・・・

当時の英国では、御法度だった同性愛を厳しく罰する法律によりワイルドが有罪となる

男色の罪でワイルドが逮捕された影響で、ビアズリーも失職

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ワイルドと同一視されてしまった可哀想なビアズリー⤵️

ロンドンで悪評がたち、解雇されてしまいました😭

●1896年、『サヴォイ』誌創刊に参加、同誌の美術編集者となり、

翌月、パリへ

オーブリー・ビアズリー
オーブリー・ビアズリー

パリは僕によく合っている…途方もなく長期にわたって、ここに滞在すると思う。肘鉄とすげない扱いしか寄越さないロンドンには、いつ戻るか判らない

●『サヴォイ』誌が1年で廃刊、健康状態の悪化により経済的に困窮し、借金がかさむ

オーブリー・ビアズリー
オーブリー・ビアズリー

僕は今や、かつてのロココ的人間の、惨めな影にしか過ぎない

●1898年1月、結核の進行により右手が動かなくなる。同年3月16日、結核のためマントンにて死去。25年の生涯を閉じる。

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短くも波瀾万丈な人生を送ったビアズリー、「白と黒の芸術家」と言われますが、中には色のある作品もあり、その作品も素晴らしいものでした

キーノーツ・シリーズ(小説叢書)の宣伝ポスター 1893年(原画)

何といっても代表作は、コレ!

サロメ (戯曲)の挿画

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「STUDIO」創刊号で出版業者レインとワイルドの目に留まり、

英訳版「サロメ 」の挿画を依頼されるきっかけとなった作品『クライマックス』が、

ビアズリーの代表作となりました

実らない恋の相手、ヨカナーンの首を手に入れ、キスをするサロメ

『クライマックス』1893年(原画)

押さえておきたい!

【ビアズリー展】のポイント

金銀細工師の父から器用さを受け継ぎ、彗星の如く現れ25歳で散った奇才の画業

初期から晩年の成功と転落、その中で進化した見応えある作品

初期の傑作《「ジークフリート」第2幕》(1892)や諷刺画の小品、手軽な収入源として手がけ、寿命がつきる間際になって処分することを望んだ「卑猥な絵」、『リューシストラテー』(1896)収録の優品など

【ビアズリー展】には、「U18禁コーナー」あり!

生活の為に性的な絵を手がけていたビアズリー、彼が死の直前、全ての猥褻な作品を破棄するよう依頼したにも関わらず残された作品を、18歳未満 立入り禁止の部屋で見ることができる

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皮肉なことに、人は見るなと言われると、見たくなるもの(笑)

どんな作品なのだろうと、興味を掻き立てられますよね〜

そして・・・

猥褻だと批判されたビアズリーの作品は、多くの画家に影響を与えた

日本では、水島爾保布、米倉斉加年、佐伯俊男、山名文夫たちの作品にビアズリーの影響が濃厚である。

小説家では谷崎潤一郎、漫画家では山岸凉子や魔夜峰央がビアズリーからの影響を自認しているほか、手塚治虫もその作品『MW』で彼の作品の模倣を行なっている。

出典:ウィキペディア

没後、120年以上経つ今もなお、ビアズリーの芸術魂は人々を魅了している✨👏

平日でも、沢山の人が鑑賞していました

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25歳という短い生涯の中で、こんなに凄い仕事ができるのかと、その作品の素晴らしさに衝撃を受けました!

本当に見応えのある美術展ですよ〜

ビアズリーの本↓

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